浴室 AM0:00
浴室に仰向けに横たわるギンカくんが目を伏せる。これはいつでもどうぞという意思表示。瞼に軽く唇で触れて、『いただきます』の挨拶をする。ギンカくんの皮膚は決して柔らかくはないのだけれど、無駄に筋肉がつきすぎているということもなく食品として――それと、造形的にも――ほどよい身体をしていると思う。
そんなことを考えながら首筋を強く吸ってみたり、舌で撫でたりしていると、さっさとしろって催促するみたいに二の腕を軽く掴まれた。掴まれた手を取り、指を絡ませる。仕方がなさそうに握り返された指をそっと撫でて、耳元に唇を寄せた。
「どこから食べてほしい?」
「お好きなところからどうぞ……」
それもそうか。食べるのは僕だから僕の好きなところからでいい。
でも、食べられるのはギンカくんだからギンカくんの希望も聞いておきたかったんだけど……丸投げされたならしょうがないな。
「じゃあここにしようかな」
囁くように告げて耳朶を口に含む。そのまま舌で転がすとギンカくんの身体が僅かに震えた。まだ抵抗らしい抵抗はない。耳の裏を軽く撫でてから、舟状窩の溝に沿って舌をゆっくり滑らせていく。逃れようと身を捩らせるのを追いかけるように、孔に舌を挿し込む。中を舌で擦ると堪えるような声と吐息が漏れる。
「だめ?」
ギンカくんの目を覗き込む。目の中に僕が映っているのと見ると、この世界に二人だけしかいないような気がしてきてなんだか不思議な気持ちになる。普段ならすぐに逸らされてしまうけれど、今はややぼんやりとしていて反応が鈍い。
何度か瞬きをしたあと、ギンカくんは少し首を傾けてため息をついた。
「……行儀が悪い」
確かに、と思った。今の状態は差し出された食事を口に入れないで弄くり回しているようなものだから……これはいけない。
絡めていた指を解放して、微かに紅く色付いた頬を撫でる。
「ごめんね……でも、ギンカくんにどこがいいか聞きたかったんだ」
「悪趣味な……」
頬に触れた指を払いながら呆れたように言うと、ギンカくんは暫く何か思案するように目を伏せたあとでシャツのボタンを外し、前を広げてみせた。
「このあたりですかね……」
幾分かどうでもよさそうに呟きながら、ゆっくりとお腹の真ん中から胸の下まで撫で上げていく。それを辿るようにギンカくんの肌に触れる。……温かい。導かれるようにして僕はギンカくんのお腹に顔を埋めた。
「そこに何があるかわかりますか」
ギンカくんの手が僕の頭を撫でる。手持ち無沙汰なのでなんとなくそうした、といった様子だった。気まぐれな動作で髪の毛を弄んでいる。くすぐったい感じが心地良い。
……何があるか、だって?
深く息を吸い込む。
ギンカくんの匂いがする。
ギンカくんの体温を感じる。
皮膚の下の血潮と臓器の脈動を感じる。
滑らかな肌に爪を立てて皮膚を引き裂いて、溢れた血の匂いを想像する。
「開けてみないと……わからないかも」
それが僕の答えだった。
2020.9.5
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